石北研究室で発表された、訂正後のMtrF結晶構造
マルチヘムタンパク質MtrFは、鉄ポルフィリン環・ヘムを10分子も持ちます。ヘムは中心のFeがFe(II)/Fe(III)と酸化状態を変えることができるため、10個のヘムによってこの蛋白質中には電子移動経路が構築されています。電気化学的測定をすれば、これらのヘムの酸化還元電位を知ることができますが、知ることができるのはあくまで8個のヘムの電位であり、どのヘムがどの電位に対応するかを知ることは難しいです。
このMtrFの結晶構造はPDB ID code:3PMQとしてPDBに登録されており、以下のPNASの論文で発表されています。
この結晶構造を用いて酸化還元電位を求めた研究グループの理論研究のJACSの論文の結果がどうもうさんくさかったので、石北研究室でもこの結晶構造を用いて酸化還元電位を計算しました(これについては後日説明予定)。
理論研究を行うとき、私たちは常に構造を見ます。逆に、なぜそういった分子構造をとっているかを究極的に理解することが理論を介した研究かもしれません。今回も自分たちで手を動かして研究を進めていくと、おかしいな、と思う箇所がいくつかありました。それが以下の図で示されています。
MtrFは親水性の蛋白質であるにもかかわらず、オリジナルの結晶構造(PDB ID code:3PMQ)では、親水性残基が蛋白質内部に向き、逆に疎水性残基が蛋白質表面に露出しています。ここにおかしいと気づいた私たちは、モデルし直し、親水性残基が蛋白質表面に露出するように、そして疎水性残基が蛋白質内部に向くようにモデルし直しました。そうすると、今までぐちゃぐちゃだった構造が、実はβシートをとり、さらにそれらが水素結合で集合した美しいβバレル構造をとっていることがわかりました。
後日談
この論文発表をした後、MtrF結晶構造をとったラボのボスDavid J. Richardsonが先端研の石北研究室を訪問しました。Davidとは面識はありませんでしたが論文で石北研究室の存在を知り、フットワーク軽くお越しくださいました。ラボでもセミナーをしていただきました。お互いの仕事を認めあい、気さくに話した良い思い出です。
実験論文に追従する結論を出すのが理論研究ではない
私たちの目はふしあなであることがしばしばです。実験結果を理解しようとしている過程で計算することによって、「実験結果」と信じ込まれているものの矛盾に気付くことも多々あります。「実験結果だ、信じなさい」との主張も、精査すると、「実験結果」ではなくその人の主観が入った・前提の下での「解釈」だったりします。ここに(1)気付くこと。そして(2)責任を持って主張するためにも十分に時間をかけてこちらも計算をし汗をかいて精査をすること。そこまでやった後(3)迎合せず・忖度せず(イソップ童話の「裸の王様」の子供のように「王様は裸だ」と)主張する勇気。以上が大切だと思います。
意味のある理論研究とは、「数値をはじき出してそれが実験値に近いからラッキー」ではありません。そんなことで論文が通る時代ではないし、たとえ実験値と近い値を出しても「だから何?」となるだけです。数値だけ出してもブラックボックスのまま、単なるデーターベース集にすぎません。実験値が再現できたのなら、次のステップである「なぜそういう値になったか」を誰もがわかる平易な言葉で説明できなければ、サイエンスにはつながりません。そこを行うのが、意味のある理論研究だと思います。
ということで、この構造を利用する研究者(実験・理論問わず)は要注意です。必ず石北研究室で訂正した以下の論文での研究・構造を引用した上で利用してください。
Hiroshi C. Watanabe, Yuki Yamashita, and Hiroshi Ishikita*
Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 114 (2017) 2916-2921
“Electron transfer pathways in a multi-heme cytochrome MtrF”
Journal Pubmed