実験では測定不可能なキノン分子のpKaを電子状態から求める
実験をすることなしに酸解離定数pKaを求める
酸解離定数pKaは分子のプロトン化状態を決定する物理量です。プロトン化状態はユビキノンによる電子伝達など生体分子内での作用に大きく影響するので、分子のpKaの値を知ることは有機化学だけでなく生物学等の分野において極めて重要になります。
しかし、複雑な分子の場合や蛋白質の中にしか存在しない分子の場合に、個々の官能基を特定しつつpKa を実験的に測定することは困難です。そこで、私たちは理論化学的手法(主に量子化学計算、QM/MM法)を行うことによって、実験をすることなくpKaを算出する方法を開発し、多くの例でうまくいくことを実証しています。
例. キノン分子のpKaを電子状態から求める(量子化学的手法により求める)
キノンは二つのカルボニル基を持つことで、2電子還元されると共に2H+を持つことができます。つまり2つのpKa値が存在します。キノンはベンゾキノン等のコンパクトな分子に関してはpKa値がかなり昔よりよく知られています。一方で、photosystem I, photosystem II, 紅色光合成反応中心蛋白質等に見られるキノンは非常に長い炭素差を持つため、水には溶けず近年までpKa値は不明でした。それでも蛋白質中ではプロトンの授受を行うためpKa値は存在しています。電子移動のdriving forceは電位で決まるように、プロトン移動のdriving forceはpKaで決まります。すなわちpKaが未知では、プロトン移動のメカニズムまで踏み込んだ研究はできません。
分子のpKaは、本来なら溶液中のプロトン化状態、脱プロトン化状態エネルギーを非常に厳密に計算できれば求められるはずであり、そのような手法が広く知られています(例)。そのためには溶媒和を正しく計算する必要がありますが、現状ではここがなかなかうまくいきません。溶媒和を求めるためには分子中の各原子の半径を定義する必要がありますが、そこに(実験値に基づいているといえども)経験的なパラメーターが入る余地を作ってしまっています。また、H+の溶媒和というものも利用する必要がありますが、これに関してはおおよその値はわかるものの正確な値はわからず、各研究において任意な値を用いているのが現状です。
すなわち、「pKaを分子構造だけで正確に求める」と歌っている研究においても、ある分子系ではパラメーターを人為的に調整することでうまく回している、という例が数多く見られます。パラメーターを調整する作業は、(実験同様)いくつも条件を振ってうまくいったものを採用する、といった泥臭い作業が一般的です。
私たちは、これを逆手にとって、溶媒和を非常に厳密に求めることをあきらるかわりに「似たような形状・化学種間であるなら(溶媒和は無理でも)溶媒和の差は正しく評価できるはず」と発想を切り替えました。その場合、「実験値がわかっているものが含まれれば相関を得られる。その相関より、溶媒和差さえ正しく評価できればpKa測定値が報告されていない分子に関しても求めることができるはず」とのフィロソフィーもと、キノン分子のpKaを求めることに成功しました。特に今まで未知であったにもかかわらず光合成蛋白質でプロトン移動を仲介する以下のキノンのpKaを決定しました:
1st protonationのpKa
- Ubiquinone ユビキノン 5.31
- Menaquinone/phylloquinone メナキノン・フィロキノン 4.92
- Plastoquinone プラストキノン 5.11
- Rhodoquinone ロドキノン 5.78
2nd protonationのpKa
- Ubiquinone ユビキノン 10.86
- Menaquinone/phylloquinone メナキノン・フィロキノン 9.16
- Plastoquinone プラストキノン 10.74
- Rhodoquinone ロドキノン 9.81
これらのpKaは石北研究室で決定したものであり、以下の論文に記載されています。引用してご活用ください。
Ryo Hasegawa, Keisuke Saito, Tomohiro Takaoka, and Hiroshi Ishikita*
Photosynth. Res. 133 (2017) 297-304. doi: 10.1007/s11120-017-0382-y
“pKa of ubiquinone, menaquinone, phylloquinone, plastoquinone, and rhodoquinone in aqueous solution”
Journal Pubmed