血圧調整酵素レニンの特異な活性に迫る
概要
レニン(図1)は、レニン・アンジオテンシン系と呼ばれる反応系で機能する酵素です。レニン・アンジオテンシン系は血圧を上昇させる働きを持っています。すなわちレニンの活性を阻害することで、血圧の上昇を抑えることができます。これまで、レニンは創薬ターゲットとしての研究が数多く行われてきました。しかし、その詳細な酵素反応機構は明らかになってはいませんでした。
レニンはアスパラギン酸プロテアーゼという酵素の一種です。アスパラギン酸プロテアーゼは触媒活性部位に2つのアスパラギン酸を持ち、ペプチド鎖を切断する酵素で、一般にpH 4近傍の酸性領域で最大活性を持ちます。その中でレニンは、pH 6付近と8付近(塩基性よりに2ヶ所)で最大活性を持つという特異な活性を示します(図2)。
このようなレニンの特異性は触媒残基のアスパラギン酸のpKaがレニンの中に入って変化したことが原因であると考えられます。私たちは、基質であるアンジオテンシノーゲンにも注目して解析を進めました。
研究手法と成果
タンパク質は電荷を持った原子で構成される疎水的な空間です。その中に入ったアスパラギン酸のpKaを計算するにあたっては、量子化学計算よりも、疎水効果と静電相互作用を考慮した古典力学的手法が有効です。また、プロトンを解離可能なアミノ酸残基はpHなど周囲の環境に応じてそのプロトン化状態を変化させます。私たちは全ての解離可能なアミノ酸残基を解離平衡状態として取り扱い、触媒残基のpKa計算を行いました。
計算の結果、レニンでは触媒残基の2つのアスパラギン酸残基のうち、一方のアスパラギン酸残基のpKaが大きく上昇していることがわかりました(図3)。さらに詳細な計算を進めた結果、これは近接する218番残基がレニンにおいてのみアラニンであることが原因である、ということを突き止めました(図3)。また、触媒残基のpKa値は2つの最適pHの値(約6と約8)とほぼ一致していました。
2つのアスパラギン酸のpKaが最適pHと一致したので、レニンの特異な活性を説明できたと思われるかもしれません。しかし、過去の研究結果をふまえると、まだ全て説明できたとはいえないことがわかりました。レニンの最適pHを決めるのは、Asp32のpKaであって、Asp215のpKaではないと考えられたのです。
そこで、私たちは基質アンジオテンシノーゲンに着目し、酵素‐基質複合体の解析を行いました。量子化学的手法も併用した結果、この酵素‐基質複合体が2通りのコンフォメーションを取ることがわかりました(図4)。2つのコンフォメーションで、Asp32のpKaが異なり、それぞれがレニンの2つの最適pHに対応すると私たちは結論づけました。
本研究の意義
レニンの特異な活性の謎を完全に説明した研究はこれまでにはありませんでした。本研究で初めて、それを解決する結論を得ることができました。本研究が今後より詳細な反応機構を解き明かすための第一歩となると考えられます。また、詳細な反応機構の解明は、レニン阻害剤(高血圧症の薬)の新たな視点からの開発にもつながると考えられます。
学会発表等
2014.12.09 | 蛋白質と生物物理 セミナー「分子構造から読み解く蛋白質活性:糖鎖と蛋白質」 会場:東京大学 先端科学技術研究センター 口頭発表「血圧調整酵素レニンの特異な活性を紐解く」 山下雄己、斉藤圭亮、石北央 |
2014.12.16 | 第4回量子化学ウィンタースクール 会場:自然科学研究機構 分子科学研究所 ポスター発表「血圧調整酵素レニンの特異な活性を紐解く」 山下雄己、斉藤圭亮、石北央 |
2015.03.10 | 第4回日本生物物理学会 関東支部会 会場:日本大学文理学部 口頭発表「血圧調整酵素レニン触媒残基のpKaシフト機構の解明」 山下雄己、斉藤圭亮、石北央 |
東京大学工学部応用化学科4年 石北研究室 山下雄己